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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)956号 判決 1961年11月29日

判  決

布施市中小阪八番地の一七

控訴人(債権者)

松浦昭三

右訴訟代理人弁護士

山本良一

尾埜善司

大阪市天王寺区生玉町五一番地

被控訴人(債務者)

小阪フシ

右訴訟代理人弁護士

栗須一

主文

原判決をを取り消す。

控訴人(債権者)と被控訴人(債務者)との間の、大阪地方裁判所昭和三四年第二三〇〇号不動産仮処分申請事件につき、同裁判所が、同年八月一五日に発した仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(当事者の申立)

控訴代理人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

控訴代理人は、

一、控訴人は、大阪市天王寺区生玉町五一番地宅地二六・三九坪(別紙図面中、イロヘホイを順次結んだ線をもつて囲まれた部分。以下単に本件従前の土地という。)を所有していたが、昭和二六年一〇月二五日、大阪都市計画復興土地区画整理事業施行者大阪市長より、右従前の土地に対する仮換地として、同区生玉工区第二ブロック第八号宅地二〇・七坪(後記換地の範囲内でこれとほぼ同じ。以下本件仮換地という。)が指定され、控訴人は、本件仮換地につき所有権に基くと同一内容の使用収益権を取得し、ついで同三六年二月二三日、同市長より本件従前の土地の換地として、同区同町五四番地の一宅地二二・一三坪(別紙図面中、ロトチルヲロを順次結んだ線をもつて囲まれた部分。以下本件換地という。)の指定を受け、これを所有するに至つた。

二、本件従前の土地の内北側一三坪(別紙図面中、イロハニイを順次結んだ線をもつて囲まれた部分。)地上には、元控訴人の先代松浦亀太郎所有の、木造瓦葺二階建家屋(建坪八・六九坪)が存在し、同一五年一月頃から、これを訴外寺島劼三に対し、賃料一ケ月金三八円で賃貸し、同訴外人が右家屋において喫茶店を経営していたが、同二〇年三月一四日、戦災により右家屋が焼失したところ、同二一年九月頃、被控訴人の先代亡夫小阪勝治郎が、右焼失家屋の敷地一三坪地上に、控訴人に無断でバラック(建坪一一・二坪)を建築した後、控訴人に対し、右敷地をバラック敷地として一時貸与してほしいと懇請してきたので、控訴人が止むなくこれを承諾し、同年一〇月頃、右勝治郎に対し、右敷地一三坪を、使用目的をバラック建築用と限定し、地代を前記焼失家屋の家賃額と同額と定め、かつ、近い将来控訴人が本件土地において煙草店を開く計画で既に家屋建築許可申請もしていた事情から、右開業に必要なときはいつまでも退去明渡しを受ける約束で賃貸したところ、勝治郎は同三三年一一月二七日死亡し、被控訴人ほか一二名が共同相続により右賃借権者たる地位を承継した。

三、ところで、戦災前前記焼失家屋の南隣りに、右家屋に接して訴外渡義光所有の家屋があり、この家屋も同時に焼失したものであるが、前記賃貸当時、控訴人は、本件現地について詳細な認識がなく、本件従前の土地が前記焼失家屋(従つて前記バラック)の敷地一三坪のみであり、その南側の訴外渡所有家屋の敷地であつた板塀で囲まれた空地約一三坪(別紙図面中、ハニホヘハを順次結んだ線をしつて囲まれた部分。)は、同訴外人の所有であるものと信じていたが、本件仮換地指定通知を受けるに及び、前記焼失家屋敷地のみならず、その南側の空地約一三坪も控訴人の所有であることを知るに至つたところ、そのやさきである同二七年頃、小阪勝治郎は、右南側の空地約一三坪を、訴外渡から賃借していた訴外井上武夫から更に転借したと云つて屑鉄置場として使用し始め、ついで同三四年八月、被控訴人において前記バラックを取りこわし、本件仮換地全部の上に、木造瓦葺平家建家屋一棟(建坪一五坪、以下本件家屋とい。)を建築所有し、本件仮換地(換地処分後は本件換地)全部をその敷地として占有するに至つた。

四、しかしながら、本件家屋はバラックではなく本建築である点において、前記使用目的に反するのみならず、被控訴人が、本件従前の土地の内北側一三坪について有した賃借権に基ずき、本件仮換地に行使し得る使用収益権の範囲は、本件仮換地の北側の部分約九坪(換地処分後は本件換地の内右九坪を含む一〇・九坪―別紙図面中ロワカルヲロを順次結んだ線をもつて囲まれた部分―)であるべきところ、この範囲を超え、本件仮換地全部を本件家屋の敷地として使用している被控訴人の不信行為により、本件賃貸借の信頼関係は全く破壊されるに至つたので、控訴人は、同三五年一月二三日、被控訴人ほか一二名の共同賃借人に対し、本件賃貸借奉約解除の意思表示をしたから、ここに、本件賃貸借は終了し、従つて本件賃借権に基ずく仮換地使用収益権も消滅したところ、被控訴人において、本件家屋の現状を変更し、これを他に譲渡し若しくはその占有を他に移転するおそれがあるので、控訴人は、被控訴人に対する従前の土地所有権に基ずく使用使用収益権(換地処分後は換地の所有権)による、本件家屋収去、土地明渡請求権の執行を保全するため、本件家屋に対する被控訴人の占有を解き、これを執行吏保管に付するとともに、右各行為を禁止し、現状不変更を条件として被控訴人にこれを使用させる仮処分を求める必要があるから、右内容の本件仮処分は認可さるべきである。

五、なお、被控訴人が、本件従前の土地全部について借地権を有する旨記載して整理施行者に提出した借地権の申告書に控訴人が捺印したこと、右申告に基ずき、整理施行者が被控訴人の有する借地権に基ずく使用収益権行使の範囲として本件仮換地全部(換地処分後は換地全部)を指定していること、右指定処分に対し控訴人が不服申立をしていないことは、いずれもこれを争わないが、右申告書にした控捺人の訴印は、被控訴人が、たまたま同人方表を通りかかつた弱年の控訴人を呼び入れ、控訴人をして漫然と捺印させたものであり、右申告書の原本は当審において提出されていないが、その記載事項の各欄が控訴人の署名の筆跡と異なる数名の筆跡をもつて記入されていることからみても、被控訴人が控訴人をして内容空欄のまま捺印させたことが明らかであるから、これをもつて本件従前の土地全部を賃貸したことの疏明となし得ないものである。また、右申告に基ずき、整理施行者において一応被控訴人を本件従前の土地全部の賃借権者であるとして、前記の通り被控訴人に対する各指定処分をしたことによつて、被控訴人の仮換地ないし換地について行使し得る使用収益権ないし借地権の範囲が確定するものではなく、ただ、被控訴人が従前の土地全部の借地権者であることが訴訟によつて確定した場合に、仮換地指定処分ないし換地処分通りに権利の範囲が確定するに過ぎないものであるところ、被控訴人の有した従前の土地の借地は一三坪に過ぎないのであるから、右各指定処分においては使用収益権ないし借地権の範囲が明示されていないことになるのであり、かかる場合おける使用収益権ないし借地権の範囲の確定は、第一次的には所有者との協定によつてなさるべく、協定不能の場合は裁判所の判断に俟つべきものであつて、右手続を経てはじめて権利の範囲が確定されるのである。而して、後者の場合における権利の確定は、原則として、仮換地若しくは換地の減歩地積を従前の土地全部に対する借地地積の比に按分して定めるべきことは、公平の原則からして当然である。

と述べ、

被控訴代理人は、

一、控訴人主張の事実中、控訴人所有の本件従前の土地に対し、控訴人主張の通り仮換地指定処分、ついで換地処分がなされたこと、被控訴人の先代亡夫小阪勝治郎が、控訴人から本件従前の土地(但し一三坪のみでない)を賃借し、その地上に木造トタン葺平家を建築したが、同人が控訴人主張の日に死亡し、被控訴人ほか一二名が共同相続により右賃借人たる地位を承継したこと、被控訴人が、控訴人主張の頃右家屋を取りこわし、本件家屋を建築所有して本件仮換地―ついで本件換地―全部をその敷地として占有使用していること、控訴人が被控訴人ほか一二名に対し、その主張の通り賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実を争う。

二、被控訴人の先代勝治郎は、同二〇年九月頃、控訴人から本件従前の土地全部を、建物(バラックに限定せず)所有の目的で期限の定めなく賃借し、その地上に前記トタン葺家屋(建坪約一一坪)を建築所有していたものであるが、右賃借当時、本件従前の土地一帯は見渡す限りの焼野原で瓦礫の山が堆積し、隣地との境界等も不明確で、焼失家屋の基礎等も発見できない状態にあつたもので、勝治郎は、控訴人先代から賃借範囲を一三坪と指示を受けて借り受けたものではない。勝治郎は、前記トタン葺家屋において古物金物類売買等を営み、右家屋の南側空地にも右商品を山積してこれが置場として使用していたもので、右事実は控訴人の母松浦りんもよく知つており、しかもこれに対しなんの異議も述べず、地代も、右りんの申出により、焼失家屋の家賃額と同額の金三八円(当時としては高額)を支払つてきたものであり、同二二年二月頃警察官の注意を受けて、おくればせながら右トタン葺家屋の建築許可申請をするに当り、賃借敷地の坪数を二三・一坪と記載した承諾書に、控訴人の捺印を受けてこれを申請書に添付した事実、被控訴人が整理施行者に対して提出した、本件従前の土地全部を賃借している旨記載した借地権申告書に控訴人が捺印している事実、ならびに、右申告に基ずき、整理施行者から被控訴人に対し、本件仮換地ないし本件換地全部を、被控訴人の借地権に基ずく使用収益権ないし借地権の範囲として指定しており、これについて控訴人から不服申立がなされていない事実等からみても、被控訴人が本件従前の土地全部を賃借していたものであることが明かである。

もつとも、前記トタン葺家屋の南側の空地を、古金物類の置場として被控訴人が使用していたのに対し、訴外井上武夫から、右空地は同訴外渡某から借受けているものである旨の申入れがあつたので、被控訴人が、訴外井上から、同訴外人において使用を開始するまでという約束で、右空地を無償で借り受けた事実があるけれども、右は、控訴人ですら右空地を自己の所有者であると知らなかつたほどであり、被控訴人も、訴外井上のいう通り、右空地が訴外渡の所有地であるかも知れぬと思つてしたに過ぎないから、この事実をもつて本件借地の範囲に消長をきたすものではない。

三、被控訴人は、土地区画整理の必要上、整理施行者から再三にわたり前記トタン葺家屋の後退、取り除き方を督促されたため、やむなくこれを取りこわして本件家屋を建築したものであるから、被控訴人が本件仮換地全部にわたつて本件家屋を建築したからといつて、これを目して被控訴人に著しい不信行為があつたということができず、従つて、これが存することを理由とする控訴人の契約解除の意思表示はその効力がないから、その有効であることを前提として、被控訴人に対し、本件家屋収去、本件仮換地明渡請求権がありと主張し、これが執行保全のためとしてなされた本件仮処分の申請は失当であり、かかる申請を認容した本件仮処分は取り消さるべきものである。

と述べた。

(疏明)(省略)

理由

一、控訴人所有にかかる本件従前の土地に対し、昭和二六年一〇月二五日、大阪都市計画復興土地区画整理事業施行者大阪市長より本件仮換地の指定がなされ、ついで同三六年二月二三日、本件換地の指定がなされたが、右仮換地指定に先立ち、被控訴人の署名捺印を得た上施行者に提出した、被控訴人において本件従前の土地全部について借地権を有する旨記載した借地権の申告書に基ずき、整理施行者から、控訴人に対する前記各指定処分がなされると同時に、被控訴人に対し、本件仮換地ないし換地全部を被控訴人の借地権に基ずく使用収益権ないし借地権の範囲として指定する旨の処分がなされ、右各処分に対し、控訴人から不服の申立がなされていない事実、被控訴人の先代小阪勝治郎が、同二〇年秋頃、控訴人から本件従前の土地(但し範囲を除く)を賃借し、その北側の部分の地上に木造トタン葺平建家屋(建坪一一・二坪)を建築所有していたが、その後、その南側の空地約一三坪を訴外井上から借り受けたとして商品置場に使用していたところ、勝治郎が、同三三年一一月二七日死亡し、被控訴人ほか一二名が共同相続により同人の有した賃借人たる地位を承継した事実、被控訴人が、同三四年八月頃、前示トタン葺家屋を取りこわし、本件仮換地上に本件家屋を建築所有して本件仮換地(換地処分後は本件換地)全部を占有している事実、控訴人が被控訴人に対し、その主張のような賃貸借契約解除の意思表示をした事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、右の通り、従前の土地について、その一部であるか全部であるかはしばらく措き、とにかく賃借権の設定がなされており、施行者において、借地権が従前の土地全部について存するものと認め、借地権者に対し、仮換地全部を借地権に基ずく使用収益権の範囲である旨の仮換地指定処分をし、これについて従前の土地所有者等関係者から不服の申立がなされなかつたため右処分が確定した場合において、従前の土地所有者が、借地権者に対し、従前の借地権が従前の土地の一部分に存したに過ぎないこと、従つて、仮換地についてもその一部について使用収益権が存するに過ぎないことを主張し、裁判所に対し、右指定と異る借地権に基ずく使用収益権の範囲の確認を求め得るかどらかについては、議論の存するところであると思われるので、先ずこの点についての当裁判所の判断を述べる。

土地区画整理とは、健全な市街地造成のため、公共施設の整備改善ならびに宅地の利用増進を図ることを目的としてなされるもので、都市計画区域内における一定範囲の土地を施行地区とし、右地区内の土地はこれを一団とみなし、これより必要なる公共用地を控除した残地の区画形質を整然と区画した上、原則として、整理前の土地に存した権利関係を得喪せしめることなく、整理前の(従前の)宅地又は借地各筆の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等に照応するように(土地区画整理法八九条)、これを整理後の土地に移動せしめる方法をいうのである。土地の区画形質を変更するにかかわらず、従前の権利の対象たる土地の位置、範囲を従前のまま存置せしめることは不可能であり、このことは、市街地において公共施設の新設拡張がなされる場合なおさらのことであるにかかわらず、右のように従前の土地に存する権利関係に得喪を生ぜしめないことを志向する土地区画整理は、それ自体、施行地区内の従前の土地各筆にかわるべき土地即ち換地各筆が、整理後の土地のいずれかの位置範囲に定まることを当然予定していると考えるべきであり、その定まるべき標準を掲げているものが前記法第八九条(耕地整理法第一七条)であると考えられる。換言すれば、土地区画整理が施行され施行地区内の土地の区画形質が変更され、整理工事が完了すると、右法条掲げられた標準により、従前の土地に照応する換地の位置、範囲は、施行者のなす換地処分をまつまでもなく、土地区画整理の本質から、当然客観的には整理後の土地のいずれかに定まつているというべきである。しかし、実際上においては、右のように客観的に定まつているべき換地若しくは借地の位置、範囲が不明確であり、土地権利者をしてこれを確認させることが困難であり、かつ、徒らに紛らに紛争を生ぜしめるところから、法は、施行者に対し、先ずこれを確認宣言する権限を付与しているのであつて、このような確認宣言をなし得る権限が、施行者の有する換地処分権であると解すべきである。従つて、施行者のなす換地処分は、この客観的に定まつている換地(若しくは借地)の位置、範囲を確認し宣言するに過ぎないものであつて、施行者が一たん施行地区内の従前の土地を自ら取得して、これを従前の権利者に改めて分配交付するというような創設的な設権処分ではないといわねばならない。ただ、施行者によつて指定された換地(若しくは借地)の位置、範囲が、客観的に定まつているべきものと異つていた場合においても、これが行政処分として確定してしまうと、もはやこれを理由として換地処分の取り消しを求め得なくなるのは勿論、権利者相互間においても指定された位置、範囲についての権利関係を争い得なくなるに過ぎない。而して、換地処分がなされそれが公告されると、その翌日から換地は従前の土地とみなされ、従前の土地に存した権利関係は換地に移行するのである(同法第一〇四条以下)が、この効果は、換地処分自体から生ずるものではなく、換地処分がなされることを前提として右法条が自動的に働いて生ずるものである。もつとも、右換地処分の基礎となつた従前の土地の権利関係が、全く存在しないが、若しくは、存在したとしても施行者の認識した範囲と異るものであつた場合には、たとえ僭称権利者に対して換地処分がなされ、それが行政処分として確定したとしても、これにより権利を害される者は、裁判所に対し、右換地処分に表示された権利自体の存否、若しくは、これと異る換地の位置、範囲に権利が存することの確認、ないし、これを前提とする訴訟を提起し得る(右提起前、当時者間において協議により解決し得ることはいうまでもないが、協議することが訴提起の前提要件ではない)ものと解すべきことは、前示換地処分の性質から考えて当然のことといわねばならない。

而して、右説示したところは、区画整理の円滑な実施と、関係権利者の権利関係をなるべく早く安定させる目的のために、将来換地として指定さるべく予定された土地を、仮換地として予め指定する仮換地指定処分についても同様であることは多言を要しないところである。

三、これを本件について考えてみるに、施行者たる大阪市長が、被控訴人先代勝治郎からなされた借地権の申告に基ずき、勝治郎が本件従前の土地全部について借地権を有するものと認めた結果、本件仮換地全部を同人の借地権の及ぶ範囲として指定したものであることは、弁論の全趣旨、ならびに(疏明)によつて疏明されるところ、(疏明)ならびに、弁論の全趣旨を考え合わせると、本件従前の土地の内、別紙図面イロハニイを順次結んだ線をもつて囲まれた部分一三坪の地上には、戦前から控訴人の先代松浦亀太郎所有の木造瓦葺二階建家屋(建坪八・六九坪)が存在し、訴外寺島劼三が家賃一ケ月金三八円で賃借してふじやなる屋号をもつて喫茶店を経営し、右家屋に隣接し、南側には訴外渡義光所有の居宅が、また、西側には同訴外人所有の倉庫がそれぞれ存在し、控訴人及び被控訴人等も右家屋の近所にあつた家屋に居住し、本件従前の土地附近の状況をよく知つていたが、控訴人先代や母りん、ならびに、被控訴人等は、いずれも、本件従前の土地が前示ふじや喫茶店使用家屋の敷地に限られ、その南側の訴外渡所有家屋の敷地が、本件従前の土地に含まれるものであることの認識がなかつたこと、右ふじや使用家屋をはじめ附近一帯の家屋が、同二〇年三月空襲によつて焼失したため、一面に焼野原となつていたところ、被控訴人先代勝治郎が、同年八月上旬頃から、右ふじや使用家屋の焼跡において古金物類を並べて売るようになり、同月中旬頃被控訴人が勝治郎の代理人として、町会長中道庄之助に教えられて、控訴人の母りんをその疎開先に訪ね、右ふじや使用家屋の焼跡を建物所有の目的で貸してほしい旨申入れた結果、控訴人の代理人たる右りんとの間に、明確に坪数について話し合わなかつたけれども、前示の通り罹災前の本件従前の土地附近の使用状況をよく知つていたところから、右焼跡(前示イロハニイを結んだ線内の土地一三坪)を建物所有を目的とし、地代を焼失家屋の家賃額と同額たる一ケ月金三八円と定め、期間の定めのない賃貸借が成立したことが疏明せられるところであつて、(中略)他にこれを覆えすに足る疏明がない。

四、そうすると、被控訴人先代勝治郎は、本件従前の土地の内、前示イロハニイを順次結んだ線内の部分一三坪について賃借権を有したに過ぎないことになるから、右勝治郎に対する前示のような本件仮換地指定がなされたとしても、同人―従つて被控訴人―は、本件仮換地全部についてついて借地権に基ずく使用収益権を取得するいわれがないことは、二に説示した理由によつて明かなところであり、同人の有する使用収益権の位置、範囲は、従前の土地全部とその一部たる借地との関係に照応する本件仮換地内の一部に定まつているべきものといわねばならないところ、本件仮換地がいわゆる原地仮換地で、従前の土地二六・三九坪が二〇、七坪に減歩されている(換地処分においては二二・一三坪になつているが、本件仮処分当時は仮換地であつたもので、また、本件仮処分の当否を判断する上において殆んど差異がないから、これについては特に触れない。)事実、及び、本件借地と仮換地の地形等を考慮すると、本件借地に照応する仮換地の部分は、本件仮換地の部分は、本件仮換地の内北側の部分一〇・一九坪であると認められ(別紙図面ワカを結ぶ線よりやや北寄りの線が借地権に基く使用収益権を行使し得る南側の限界線となる。)、従つて、右部分を超えた本件仮換地南側の部分に対する被控訴人の占有は、控訴人に対し不法占拠となることはいうまでもない。

五、控訴人は、本件家屋が本建築であり、かかる本建築物を建築することが、本件賃貸借において定められた使用目的、即ちバラック敷地として使用するという約旨に違反すると主張するけれども、本件賃貸借において右のような使用目的限定の約定の存したことを疏明し得ないことは三において認定したところであるから右主張は採用できない。また、控訴人は、被控訴人がその有する使用収益権の範囲を超えて、本件仮換地全部を使用し本件家屋を建築したことをもつて、本件賃貸借における信頼関係が破壊されたと主張し、被控訴人の本件仮換地の南側約半分の使用が不法占有であることは前項に判示した通りであるけれども、(疏明)によると、被控訴人が従前のバラックを取りこわして本件家屋を建築したのは、整理施行者から被控訴人に対し、右バラックを本件仮換地に移転若しくは除却すべき旨の督促があり、また、本件仮換地全部を借地権の目的たる仮換地として指定を受けた被控訴人が、これを全部使用できると考えたためにした事情が疏明されるところであつて、右事情に本件賃貸借成立以来の諸事情を考え合わせると、右一部不法占有の事実があつたからといつて、直ちにこれをもつて信頼関係が破壊されたとは認め難いところであるから、これを理由とする本件賃貸借解除の意思表示はその効力がないことはいうまでもない。

六、以上述べたところにより、本件仮処分当時、控訴人は被控訴人に対し、本件仮換地の内側約半分余の土地を、その地上に建築されている本件家屋の一部を収去して明渡しを求め得るものであつたことが明かであるところ、被控訴人が、本件家屋を他に処分し、若しくは、その占有を他に移転するおそれがあることは、前掲被控訴人本人尋問の結果によつて疏明され、従つて、右収去明渡請求権の執行を保全するため、本件家屋全部に対し、控訴人主張の本件仮処分を発する必要があるといわねばならない。

七、よつて、右と異る判断の下に、本件仮処分決定を取り消した原判決は失当であるから、これを取り消し、右仮処分決定を認可し、民事訴訟法第八九条、第九六条を適用して、主文の通り判決する。

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 亀 井 左 取

裁判官 下 出 義 明

裁判官杉山克彦は職務代行を解かれたため署名押印することができない。

裁判長裁判官 亀 井 左 取

(別紙図面省略)

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